牛舎内で飼育されているホルスタイン種。この牛たちの先祖もおそらくは明治期にアメリカから輸入された優良種

日本で酪農業の源となる牧場経営が始まりだしたのは明治初期です。政府が富国強兵のため国民に牛乳や乳製品を奨励したことを受け、榎本武揚が東京で真っ先に牧場経営を始め、失業した旧幕臣らに酪農を推進していたそうです。
 
同じころ、北海道でも本格的な酪農業が幕を開けます。当時はイギリスやデンマーク、オランダなどのヨーロッパ各国とアメリカが酪農先進国。北海道開拓使は、広大な土地と牛に適した冷涼な気候に恵まれた北海道を酪農王国とすべく、アメリカ人農業技士のエドウィン・ダンを雇用します。ダンは1876年に札幌の真駒内に牧牛場を開きました。
 
牛舎の建て方から牛舎内での飼育方法、バターやチーズの作り方まで、ダンはアメリカの畜産技術を熱心に伝えました。そして学んだ日本人らが切実に願ったこと。それは「アメリカの良いホルスタインが必要だ」というものでした。
 
やがてダンの牧牛場で牧童をしていた大分県出身の宇都宮仙太郎という人が、1906(明治39)年にアメリカへ渡り、民間人としては初めて優良血統のホルスタイン種を北海道に導入。帰国後は品種改良と繁殖に取り組みました。宇都宮の弟子だった茨城県出身の黒澤酉蔵(とりぞう)という人も特筆すべき酪農人。宇都宮とともに雪印メグミルクの前身を設立し、現酪農学園大学を創設した日本酪農の恩人です。
 
もう1人。ダンの直接の弟子ではありませんが、埼玉県出身の塩野谷平蔵という人も同じ時代にアメリカ酪農を学び、良血のホルスタイン種を日本に普及させた偉人。現北海道大学を卒業後にアメリカ中をめぐり、ついに高泌乳量の牛を見極めて輸入しました。今、日本にもっとも多い血統の祖先こそ、塩野谷が連れてきたホルスタインだといわれています。
 
エドウィン・ダンを原点として、宇都宮仙太郎と黒澤酉蔵と塩野谷平蔵。日本酪農のいしずえを築いた酪農人たちの足跡は、140年を経て日本中の牧場へと受け継がれています。
 

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