「革」に対する西洋との認識の違い
パリっ子たちは持たないモノグラム
ヨーロッパの人びとは革の歴史やその重要性を文化として理解できているから、いい革製品は「一生もの」で、みんなで大切に使うという考えです。子どもが体育の授業で着替えを持つのにおじいちゃんのボストンを借りようとか、今日デートなのでおばあちゃんのショルダーバッグを借りようかなとか、父親が使っていたブリーフケースに味が出てきたのを息子が使っていますとか、保守的なんですよ。モノを消費しようという感覚が少ないし、子供の身の回りのものは親が買い与えますから、新品のましてやブランドのバッグを子供に買うなんて発想は彼らにはない。革はそうやって伝わってきたんです。

たとえば、エルメスは王侯貴族向けの馬具商がスタートです。日本の大名と同じで、戦争のない平和な時に、身体を鍛え馬を鍛えて次の戦いに備えるのが貴族の嗜(たしな)みです。つまり外に出るハンティングやフィッシングは遊びじゃなく「仕事」で、雨や雪、川の中など屋外で身体を守るためのオイルレザーを作ってきたのはエルメスの歴史でもあり信頼感です。エルメスの馬蹄型のマークは、アウトドア用の革ですよ、という意味があります。
またイタリアのフィレンツェに行くと、みんな「グッチを生み出した、我らイタリア民族」という言い方をするぐらい、グッチにプライドを持っています。グッチは王侯貴族向けにフォーマルなバッグを作って育ってきたメーカーですから、金属を一切つかわないのが特徴で、フォーマルなバッグはどこにもGのマークをつけません。もし金具が必要だったとしても、全部包んで隠して作ると思います。グッチの本流は、どこにもグッチのマークをつけないこと。そしてGのマークは屋内用の革ですよ、という意味です。
そもそも、ルイヴィトンのモノグラムは1900年のパリ万博で発表されたものです。当時最先端の科学技術によって石油などから塩化ビニルやアクリルを製造する方法が確立されていました。ルイヴィトンは革の店として当時から信頼のおけるトップメーカーですが、貴族が船旅をするにあたり、嵐の中で船倉が水浸しになってもドレスや宝飾品が濡れないトランクが必要になった。そこでエジプト綿にモノグラム模様をプリントして、この画期的な新発明素材で挟んでパウチする、水に強い生地をモノグラムとして開発したんです。
しかしながら、トランクとは執事やメイドが持って船倉に行くもので、客室に行くのは貴族本人とハンドバッグだけ。だからフランス人はモノグラムを持たないし、パリっ子からすると「あれはメイドか執事が持つもの」なので、あれを持って歩いてる人を下に見るのは20世紀からずっと続いています。
ルイヴィトンというあれだけの店に来た日本人観光客が、誰も革のコーナーを見もしないでモノグラムをたくさん買うので「なぜ日本人はビニールが好きなのか?」と呆れて聞かれたものです。革の文化を持たなかった日本人は素材には関心がもてず、ヴィトン・シャネル・グッチなどのブランド名が重要だったのでしょう。
エルメスにおいても、日本で大人気のケリーバッグはオイルレザーではありません。あれは彼らの中ではすごく「遊び」の企画で、いわばイロモノの商品ですよね。グッチもまた同じで、日本人が買うのはエレガントでフォーマルな黒いバッグよりも9割がバンブーで、やはりイタリア人も同じように「日本人はなぜだろう?」って思うわけです。

お互いの誤解が、日本の景気がいい時代に重なった不幸
日本は1960年代から徐々に洋装へ切り替わり、「メイドインフランス」と「メイドインイタリア」が憧れになった。私は東京出身ですが、それまで畑だった土地に突然業者がやってきてどんどん宅地に変わっていくんです。高度成長期の入口はバブル絶頂期のころよりもずっとスピード感がありました。そして全国農協が間に入って「畑の土地を売ってくれたら、奥さんと娘さんをヨーロッパ旅行へ招待します」ってツアーに誘うわけです。
そのころ私はフランスで働いていましたから、旅行会社のガイドが旗を振ってるツアーをたくさん見ました。縦一列に並んでゾロゾロ歩くのが日本人なのですぐわかります。そしてルイヴィトンのショップに連れていかれて「これを2つ、これを3つ」っていう買い方をして、大きいショッピングバックを一人で4つも5つも両手に提げてお店から出てくるわけです。
世界地図を見せても、どれが日本かわからない時代があった
当時は日本がどこにあるかも知られておらず「ファー・イースト」ぐらいの認識しかないので「そうか、石油が日本まで行ってないから珍しいのか」ぐらいの言われようでした。1980年代にルイヴィトンの当時の副社長にお会いする機会があったので、なぜ日本向けにモノグラムをピックアップしたの?って聞いたことがあるんです。日本は高度成長期で儲かってるから、消費地のターゲットとして狙うべきだと思っていながら、いっぽう頭のどこかでまだ、サムライ・ハラキリ・ゲイシャの未開発国だと誤解してるんです。だから本来の得意な革よりも、モノグラムという近代工業ならではのシリーズだろうと。そうしたら偶然にも当たってしまった。よく考えたらモノグラムは家紋や市松模様といった、日本になじみのある柄なんですけどね。それを見た他の有名ブランドバッグがこれに追随して、石油由来の素材を日本向けに企画したほどです。
ヨーロッパが大好きだけど、赴任してみたらヨーロッパより日本の方が好きだと気づいたし、あんなにいっぱい買い物をしている人たちがけなされるのも悔しかった。日本人はクオリティということに対してとても神経質な国民で、もとより、モノの本質を考えたがる国民性を備えていることが全く伝わらずに、お互いに誤解をしたままでいるのを何とか止めたかった。ですから「儲かるためではなく、考えるきっかけを」と考えたわけです。

手触りが教えてくれるはず、なのに
「成長期でどうせすぐ大きくなるんだから、セーターは3枚で5,000円のアクリルでいいわ」って親が買い与えると、子どもはウールの温かさやカシミヤの柔らかさを知らずに育ちますね。その子が大学生になって「アルバイトをしていいものを買いたい」となっても、素材で選ぶことがわからない。値段が同じものならブランド品のほうがいいわ、ってなっちゃう。
レーヨンとシルクでは、レーヨンは風になびいて柔らかいけどシルクはキシキシしてる。綿ポリと麻とでは、綿ポリはつるっとしてて伸び縮みするけど、麻はザラザラしてる。日本人は衣類だと手触りで違いが解るのに、革になると急にわからなくなるんですよね。
でも革も同じで、ビニールとは全然違うんですよ。お店にいらしたご年配のお客さんと雑談してると「えっ?私もモノグラム持っていますけど?」って逆に聞かれます。ルイヴィトンさんはトップブランドで、僕たち職人からみてさすがだなと思うものを作っていらっしゃるけど、でもあれは革じゃないんですよ、手で触って比べてみてください、って丁寧にご説明しています。
冬は寒いからセーターは軽くて暖かいものを着せよう。これはいいものだから、2年3年と大事に着てねと言ってきかせよう。去年はグレーを買ったから今年は黒に、翌年はベージュを買い足して、いずれは兄弟に引き継いで着せましょう。そういう視点の親御さんが増えて、モノを持つ気持ちも育ててくれることを期待しています。