有史以来、人間の命を守ってきたオイルレザー。「革を育てる楽しさ」をたくさんの人に味わってほしい。 |仕事に生きる

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職人の世界観で「ビジネス」はできるのか

モノづくりの面白さを教えてもらったけれど

1970年代に着物から洋装になり、オートクチュール(高級仕立服)からレディメイド(既製服)へと変わっていきました。その後、高田賢三さんとか三宅一生さんとか出てこられて、モノづくりは「表現したいものを自分で作る」という感覚に変わっていきました。そして、いまや世界的になっているコムデギャルソンの川久保玲さん、Y’sの山本耀司さん、メンズビギの菊池武夫さん、ニコルの松田光弘さんあたりが出てきて、自分で作った洋服をそのままダイレクトにユーザーに売るということを始めました。山本寛斎さんはとてもエネルギッシュな人で、生地を買いに行きワンピースやブラウスを作って、できたものを次の日風呂敷に包んで銀座4丁目の交差点にひろげ、道行く人に売る。売れたお金で生地を買いに行って、また作って売る、という感じでした。私はその方々に憧れて育ってきた、遅れてきたおしゃれ小僧って感じです。お金があったらとにかく洋服が欲しい、そんな世代です。だからフリーハンドの最初のショップも、自分の表現したいものをつくろうという気概を持って原宿のラフォーレの近くに構えました。

職人の仕事と工場生産はまったく別モノ

戦後の経済状況の中で、オイルレザーにも大きな欠点があることに日本も気づいたんです。それは「工場でつくれない」つまり大量生産に向いていないということ。皮のなめしはもちろんのこと、そもそも縫うミシンが違うんですね。かばんを例にとると、側面と底を縫い合わせていくときカドは立体になります。皮は硬いし厚いからミシンに通すためにべたっとつぶせない。ところが実はクローム革だと柔らかいから縫えるんです。つまりミシンの使い方を1日教えたら、翌日からパートさんでも戦力になる。それならば大きい工場を建て、時給払いの人を増やし、コストを減らして量を作ろう、となるのはビジネスにおける必然だろうと理解しています。

1%のニーズに応えられてこそ職人

2枚の布を合わせて3方向をコの字に縫って、ひっくり返して紐をつけるとバッグになりますが、いま日本で生産されるものの95%はこの「袋もの」工法で、「かばん」を縫える職人は日本全体でもう数えられるほどしか残っていません。
親方の仕事を通していろいろな縫い方を覚え、修行による技術を集積してこその職人です。世の中には、100人の中に1人ぐらい変わり者がいますが、職人というのはこの1人の変わり者を満足させるために存在するんです。たくさん売って利益を出そうとする「ビジネス」は残り99人のために企画しますから、職人はビジネスに勝てない。これはもう仕方のないことだけれど、違いを理解してほしいですね。

フリーハンドは新宿の百貨店から近いので足を延ばしてご来店される方がいます。伊勢丹や新宿タカシマヤでみてきたバッグと、どっちがいいかなって悩まれます。お客様としては当然の行為です。でも、そもそも比べられるものではありません。何十年と技術を集積してきたかばん職人の仕事と、工場生産の袋ものを比べて悩み、しかも百貨店でみたほうがプライスゾーンが高くて当然と言われると、やはり傷つきますね。

- こちらは、渋谷に向かう外国人観光客の方も、よく立ち寄られていますね。SNSの投稿でもよく見かけます。

高いお金を払って海外旅行に行きわざわざビニールを買うような日本人が一人でも減ってくれればいいし、海外からの観光客には、日本にもいいオイルレザーがあるということを分かってもらう、それが私のかねてからの夢でもあり目標です。

特注の図面バッグがお出迎え。ご来店のお客様には主に奥様の千代子さんがご接客されています。

関東系と関西系の「ビジネス」の違い

話は少しそれますが、職人とビジネスの違いには地域性もあるように思っています。例えば関東で職人というと、分かりやすいのがお蕎麦屋さん。親方の味に惚れて弟子入りして修行を頑張る。そしてのれん分けしてもらうけど、親方は自分を超えてほしいし、弟子も「お前すごいところにきたな」っていつか親方に言われたい。親方を超えることで味が変わっていき、それぞれにファンができる。ひいきが職人を育てていく。これが関東にある職人の世界です。

繁盛してお客様が並んでまで来てくれるのを見て、何とかしたいと考えたとき「支店をつくろう、味を保って、いつでも同じ味が楽しめるようにセントラルキッチンを作ろう」って考えることが関西では多いんです。つまり同じようにお客様のことを考えるのにも方向性がちょっと違うんですよね。うちの和菓子はどこで買っても同じ味、それがサービスというもの、そう考えているように思います。

- そういえば流通や小売りのチェーンは昔から関西発祥の印象がありますね、古くはダイエーとか。

100円ショップの大創や洋服の青山も広島の方、ユニクロは岡山だし、回転寿司も元は関西。商社も銀行も吸収合併されたのはほとんどが関東系ではないでしょうか。

- 確かに今の日本では「多店舗でどこも同じ品質」というのが優勢な気がしますが、西日本のやり方が日本で評価されたということですか?

西日本のビジネスモデルが勝った、ということなのでしょうね。

現代ビジネスにとっては、全国に同一のものを流通させておいて、そこに広告宣伝をうって需要を喚起させる。この考え方の一番遠いところに居るのが職人の世界ですから。

- では最後に将来の話をひとつお尋ねします。これからは動物愛護やグローバル競争で原料調達が難しくなってくると思いますが、それについてはどうお考えですか?

使用中のバッグを手入れしてくれる藤田さん

革職人の将来は

結論から言うと、革職人という職業は無くなる方向で、長く考えてもあと30年もたないと思う。原材料のことだけではなく、軍用もいま成型プラスチックの靴とか出てきましたから、軽くて動きやすくていいなと自分でも思うし、仕事が少ないほど技術の継承も難しい。手入れをしながらオイルレザーを履いているような登山家さんも、もう居なくなってるんだろうなと思います。寂しいけどね。ただ、堅牢度を持った革なので、新たな使い道が出てくることにも期待しています。

牛って1Kgの肉を作るのに10Kgの穀物を消費するって俗にいいますよね。それも3年もかかる。人口が世界中で爆発的に増えると、10Kgの穀物を牛にやるより人間が食べれば生きていけるから、牛を育てるのをやめる、という考え方に世界が進むのも仕方のないこと。

- でも、あくまで肉をいただく延長での牛皮です。その副次物というバランスであっても、あてにできなくなりますか?

昔、殆どのデザイナーズブランドの仕事を手掛けていた頃に、先々の原材料を確保しなければならないと考えたことがありましてね。牛の飼育頭数が多い岩手県庁に行って畜産組合を紹介してほしい、革を作るための牛は全部引き受けるからこういう育て方をしてもらえないかって話をしに行ったことがあるんです。

でも畜産ビジネスからすると、おいしい肉をいかに短期で出荷できるか、なので、放牧して歩かせて立派な皮にしてくださいとなると、肉が筋肉質になって味が落ちちゃう。アメリカの漫画で、ステーキ肉が硬すぎてナイフが入らないからダイナマイトもってこい、なんてのが昔あったよね(笑)

日本の和牛がおいしいのは、運動させないで、とうもろこし主体の穀物と高脂質のものを与えるからです。互いに接触させないようにして太らせる。しかも同じ100Kgの牛を作るなら3年半かけるより2年半の方が儲かる。
人間でいうと、子供を外に出さず運動もさせず、塾の先生に来てもらい、学校に行っても怪我しないようにかけっこもプールもダメ、っていうのと同じ育て方です。皮膚って運動しないで、太陽や紫外線にあたらないともろいんです。

経年サンプルで飾っているおよそ30年前の靴、まだまだ履けます。バッグは上の写真にある藤田さんのお手入れ後の姿(私物)

牛皮の取引にもA~Fのランクがある

輸入も含め牛皮の取引にはランクがあります。
「A」はそのまま使えるきれいなもの、加工やごまかしが要らないものです。素肌美人です。
「B」は、ラッカーをぬったりして少し傷を隠してあげて、つまり「薄化粧」すれば使える。
「C」以下は化学処理の必要があるもの。虫に刺されて体中がおできだらけとか、角(つの)でつついた傷があるとか、ブヨが多い土地で、そばに鉄条網とかサボテンとかがあって、バラ線の傷が多いとか。生きている動物ですから当たり前のことですけれど、商品化されたバッグや靴を買うユーザーはきれいな皮であって欲しいと考えますから、それらを隠すようにお化粧します。
「E」より下はプリントや型押しをして使う前提です。型押しすれば傷が見えなくなるし、そうしないと使えないので、せざるを得ない。

- で、オイルレザーになる革というのは・・・?

もちろんAランクのみです。和牛はちなみにFランク。皮膚が弱いのでバッグやお財布にはならず、皮のくるみボタンとか、ファスナーのつまみとか、薄くて小さいものに加工されます。でも「D」「E」ランクあたりなら、デザイナーズブランドさんはわざと熱湯をかけて変質させアートの表現として考えたりしますね。それで作った商品は「実はいい革なんですよ」って言われるかもしれないけど、いい革でわざわざそんなことやりませんね。

- 乳牛はどうですか?

うーん。まず、仔牛を皮のためだけに殺さないですね。牛も7~8歳あたりだと皮膚がもろくなっていて、ひっぱれば伸びちゃう。「あら?このベルト、私ったら痩せたのかしら」なんてのがあったらビックリしちゃうでしょ。

でも、タンニンでなめした革はみんな呼吸してるんですよ、空気を入れて空気を吐き出す動きをしています。湿気を出そうとするし、乾燥してる時は内に貯めようとします。クローム革は細胞の中に金属物質が入ってるので死んでいますが。ですから高温多湿の日本では、革製品をクローゼットなどに大切にしまい込まず、室内に出しておくようにお伝えしています。暗くて、一定の温度があって、空気にも触れず、となると、カビ菌の増殖にこんなにいい環境はありませんからね。

お話を伺いました
店内にて オーナーの藤田さんご夫妻
フリーハンド Open11:00~Close19:00 火曜定休
東京都渋谷区千駄ヶ谷5-16-10  MAP→ TEL: 03-5366-3385

藤田さんはショップ内の一角で作業しており、購入した製品を持っていくとニコニコとおしゃべりしながら手入れをしてくださいます。「中にものを入れたままでいいので、いつでもどうぞ」
ネットオーダーも請けています。

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