過ぎ去った時代のレガシー。使われなくなっても、塔型サイロは牧場の象徴。
明治初期あたりから牛舎と一緒に建てられてきた
日本で酪農業が広がった明治初期以降。各牧場に、牛舎とサイロが建造されました。サイロとは牛の飼料を発酵させ、貯蔵しておくための施設装置です。当時のサイロは円筒の塔型で木製。それが大正、昭和と時代が進むにつれ、軟石積みやレンガ積みへと変わっていきます。
木製に比べるとずいぶん頑丈になり、保温性が高くなったため真冬でもサイレージ(発酵飼料)が凍らず、牛たちは満足な食事をしたことでしょう。
必要に迫られながら進化してきたサイロ
しかし一般建造物と違い、サイロの内部はなかなか過酷。飼料が発酵する際、熱を発するため、膨張した空気がサイロの壁を圧迫して、変形や崩壊をさせやすいのです。そのため、鋼鉄製のベルトを巻いて補強するなどの工夫をしたようですが、それでも劣化が進むため、サイロはより強い素材が求められるようになります。
1960年代からはコンクリートブロック積みが普及します。そして1970年代からは牧場の大規模化が始まり、それにともなってサイロも大規模化。高さ20メートル(ビルでいうと6~7階規模)直径7メートルもあるような巨大タワーサイロが次々と出現してきます。さらに鉄筋コンクリート製、スチール製、そして強化プラスチック製と多様化していきました。
タワー型を使いこなすのは、なかなか重労働
しかし、タワーサイロは刈り取った飼料を詰め込む作業から、完成したサイレージを出して牛舎に運ぶ作業まで、いずれも重労働。そのうえ修理やメンテナンス費用が大きくて、新規に建てようものなら数千万円もかかりました。その後1990年代に入ったころから、低コストでしかも重機を使って作業ができる、ラップサイレージやバンカーサイロなど低型サイロへと移り変わっていったのは、時代の流れなのかもしれません。
牧場にそびえ立つ背高のサイロ。レンガ造りのレトロなものからコンクリート製、鋼板製の巨大サイロまでさまざまですが、ほとんどが使われていません。引退しても撤去されず牧場を見守り続ける姿は、いまは牧場のランドマークとなっています。