放牧酪農(ほうぼくらくのう)| 広い牧草地が必要な放牧は日本では少数派

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牛舎飼いよりも労働時間は短いけど、牧草の栄養・収量管理は難しい

日本で放牧主体の酪農業を行う牧場はごく一部

酪農業といえば、緑の牧草地に散らばって、のんびり草を食む乳牛たち。そんなイメージが浮かびやすいですが、じつは日本で放牧主体の酪農業を行う牧場はごく一部。全国に比べて放牧酪農が多い北海道でも、全酪農家戸数の1割程度にとどまっています。日本のほとんどの牧場は牛舎内で乳牛を飼養しています。

その理由は…。明治期に日本が導入したのが、牛舎とサイロを建て、舎内で牛を飼うアメリカ式の酪農経営だったことと無縁ではないでしょう。
しかし1990年くらいから、舎飼いから放牧酪農に転換しはじめる牧場がぽつぽつと増えてきました。実際にこのころに放牧へと切り変えたある牧場主は、「決心したのは放牧の本場、ニュージーランド(NZ)を視察した時。牛たちが放牧地を自由に歩いていて、自ら牧草を食べていた。自分もこんな酪農をやりたいと思った」と話します。

ニュージーランド式放牧とは

NZ式放牧とは、放牧地をいくつもの区画に分け、毎日、採食に適した区画に牛を放して飼う技術です。舎飼いだと、給餌やふん尿出しの作業だけでもそうとうな時間と労力を要しますが、放牧は牛が自分で牧草を食べてくれて、ふん尿はそのまま牧草地に落ちて循環されるので合理的なのです。
放牧酪農のメリットは労働時間の短縮だけではありません。飼料の低コスト化も可能です。栄養価の高い牧草が育つと、放牧中の採食だけで必要栄養の多くをまかなえるようになり、輸入の配合飼料に頼りすぎずに済むからです。

広い土地だけあれば放牧できる、わけではない

しかし日本でNZ式放牧を実践するのはそう簡単ではないようです。まずまとまった広さの草地が必要になります。さらには放牧地に見合った場所に搾乳施設や牛舎を設ける必要もあります。
何より難しいのは牧草の生育管理です。日本はNZのように年中温暖ではないので牧草の生育は一定せず、その地域の環境風土に合わせて土壌改良や牧草栽培を確立しなければならないのです。また良い牧草を育成できたとしても、生えている牧草は栄養把握や草量計算がとりわけ難しい。これらの技術を身につけることも簡単ではありません。

日本における放牧酪農は、それぞれのカスタム型

そして数々の課題を達成できた時。それはすでに基本のNZ式ではなく、牧場主たちが拓いたカスタム型です。ですから、今、日本で行われている放牧酪農は、放す広さや時間、区画のありなしまで多種多様です。
このようにスタイルは違っても、放牧酪農の牧場主たちが口をそろえて言うこと。それは、「牛が放牧地に入ったとたん、脇目も振らずにムシャムシャと食べ始める。その様子を見るとうれしくなる」という日々の喜びです。

放牧牛から搾られる放牧牛乳は、スッキリとした甘い味わいで、ビタミンEやカロテン、不飽和脂肪酸などを多く含むといわれています。その特徴を生かし、自社ブランドの牛乳やアイスクリームなどの乳製品製造を手掛ける牧場も増えています。
「ゆくゆくは健康志向の消費者に向けて、国産グラスフェッドバター製造にも挑戦したい」と夢を膨らませる牧場主もいました。

写真は、 北海道根室管内にある放牧主体の牧場。雪が降るまで放牧しています。少数派ではあるけれど、放牧酪農には独自の努力やチャレンジスピリットが息づいています。