【考えてみた】家畜をかわいそうだと叫ぶ人たちにこそ、酪農家が抱く葛藤と自負を知ってほしい
放牧地で牧場主に近寄っていった牛。どんな会話をしているのかな

肉や卵、牛乳など、動物性食品を食べないという生き方があります。それは個人の選択であり主義でありライフスタイルですから、みんな違ってみんないい。しかしその人たちが発信する「家畜がかわいそう」という主張。これを目にしたり耳にしたりすると、「そう簡単に言ってくれるなよ」と思ってしまうのです。

 

畜産業を営む人々は誰しも、葛藤を胸に秘めながら働いているように感じます。少なくとも私が取材で訪ねた牧場では、牧場主らの言葉や態度からそれをうかがい知ることができました。
その一部をご紹介します。さまざまな地域の酪農家の言葉です。

 

「人間に飼われる以前の乳牛って、草原を駆けるのが得意な動物だったらしいね。でも品種改良を重ねるうちに体形が変わって体重も重くなって、歩くのが下手になってしまった。脚にも負担がかかる。だからうちは牛がなるべく自由に行動できて、体に負担がかかりにくい牛舎設計にしたんだよね」

 

「仔牛が生まれたら、なるべく早く引き離さなくてはならないの。親子の情が芽生えてから離すほうがかわいそうだし、それが母牛のストレスになって産後の肥立ちや泌乳量に影響すると困るから。私たち酪農家は仔牛からお母さんを奪ってしまう。だからお母さんの代わりに精いっぱいお世話をしてあげたり、指を吸わせて遊んであげたりする」

 

「まれに起立できない障害を持って生まれてくる仔牛がいるんだよ。乳牛は起立できないと搾乳ができないから、経営者として飼養しないという判断を余儀なくされる。ペットではなく経済動物だから仕方がないのだけど…。でもかわいいんだよ。ごめんねと心の中で謝り続けている」

 

「アニマルウェルフェア(動物福祉)認証を取得してみた。とは言っても基準はなんら特別なことじゃない。牛たちが自由に動ける環境を整えて、飼槽や水槽をきれいに保ったり、きれいな空気を入れてあげたり。恐怖を与えないとか、傷病はすぐに治療してあげるとか。どれも酪農家が当たり前にやってきていることなんだよね。だけど認証取得することで、動物と人がともに幸せに生きる道はあると気づけた」

 

こうした話しを聞かせてくれる時、どの酪農家も一様に口にすることがあります。それは、「ぜんぶ人間の都合」という言葉。

 

言葉はなくても、様子から察せられたこともあります。
あるメガファームを訪れた際、たまたま廃牛となる乳牛がトラックに載せられていく場面に出合いました。すると一緒にいた牧場経営者が会話を中断して立ち止まり、その様子を無言で見つめ始めたのです。数秒後、何ごともなかったように会話を再開し歩き出した経営者。おそらく心の中で、“これまでありがとう”と言葉をかけていたのではないかと想像しました。

 

家畜は人間の都合で生まれて生きて、そして一生を終える。みなそのことに葛藤を覚えながらも、それぞれのスタンスで牛たちに向き合っています。

 

たとえば、「酪農教育ファーム認証牧場」となり、学校などと連携して命や食に関する教育活動を行う酪農家や牧場スタッフは現在全国に約600名います。また牛の健康と乳の品質のために、牛の乳房を清潔に保つ工夫をしたり、飼料配分を調整したりするなど、試行錯誤を続ける酪農家もいます。さらには、日本の食と未来を支える使命感を持って進む大規模牧場もあります。

 

そうしたすべての酪農家が秘めているであろうもの。それは、日本人の健康寿命を延ばし、丈夫な体を守ってきた貴重な栄養源を生産している、その自負です。

 

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